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むぎきり庄内のゲソ天麦切り (本町@仙台)

カテゴリー: 外食:うどん

 今回も長い前振りになります。お急ぎの方は飛ばして下さい。

 


 

  山形県の庄内地方をドライブしたことのある方は麦切り(むぎきり)と書かれた看板を目にしたことがあると思います。鶴岡から湯野浜に行く途中の善宝寺周辺にはむぎきりとはなんぞやという問いかけ看板もあり、気になって引き返した方もおられるのではないでしょうか。実は自分もその一人で善宝寺の龍宮というお店に引き込まれてしまいました。^^

 

 では、麦切りとは一体何でしょう。端的に言うと手打ちうどんです。かつて、蕎麦もそば切りと呼ばれており、小麦粉で作る切り麺を麦切りと言っていました。さらに、茹でた麺を熱いまま食べるのを熱麦(あつむぎ)、水で冷やして食べるのを冷麦(ひやむぎ)と呼んでいました。現在の冷や麦はその流れです。

 

 それでは、なぜ庄内地方だけに麦切りという言葉が残ったのでしょうか。これには稲庭うどんの存在が関係しているらしいのです。稲庭うどんは以前、その製法を説明しましたように、素麺の流れを汲む手延べ麺です。素麺の歴史は古く、室町時代には盛んに作られ三輪(奈良)や播州(兵庫)など、産地間で品質を競うようになっています。その製法が安土桃山時代(慶長年間)に秋田にも移転されましたが、素麺よりも同じ製法の稲庭干しうどんの方がすっかり有名になり、江戸時代には秋田藩の御用品になっています。

 

 稲庭に近い庄内地方では現在でもうどんというと乾麺のことで、手打ちのうどんを冷やして食べる麦切りと区別しているようです。つまり、稲庭うどんによって麦切りという名称が温存された珍しいケースと言えるのではないでしょうか。ただし、近年では麦切りを鶴岡の特産品として売り出すべく乾麺の麦切りも作られるようになりました。

 


 


 さて、この庄内特産の麦切りが実は仙台でも食べられるのです。ニシンの山椒漬けの記事にコメント戴いたkurokuroさんのブログに紹介してありましたむぎきり庄内に行ってきました。


 むぎきり庄内、、、まんまの店名ですね。^^
mugi1.jpgmugi2.jpg
 相当人気があるらしく、正午過ぎは掘り炬燵式のテーブルがほぼ満席。時間をおいて出直しました。12時半頃になると空席が出始めます。

  

 

 あ、山形県人がこよなく愛するげそ天もあるじゃないですか。げそ天むぎきりで決まりです。
mugi4.jpg
 かなり麺量もありますね。これも麺食いの山形県人好みでいい感じ。

 

 

 麺はやや平打ちで、厚さ幅とも一定ではない乱切りです。
mugi5.jpg
 見た目よりコシがありますが、讃岐のようなごつさはなく、口当たりは非常に滑らかです。そうそう、先日食べた稲庭うどんのふし麺の感じかな。

 

 

 げそ天も大盛りです。これで中ジョッキ2杯は飲めますよ。^^  残念ピンボケ~ mugi6.jpg
 このげそ天、山形で食べてきたのよりずっと美味しい。山形では巡り合わせが悪かったのか、衣がガリガリのしか食べたことがことがなかったので、この軽い衣で柔らかなイカのげそ天が別の食べ物のように感じました。

 

 これから猛暑に突入する予報ですが、このげそ天麦切りは強い味方です。

 

 
 むぎきり庄内

  • 所在地  :仙台市青葉区本町3-6-17勾当台さのやビル2F
  •  電 話      :022-216-8763
  • 営業時間 :11:30~14:00 17:30~23:00
  • 定休日      :日・祝日
  • 駐車場      :なし


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kurokuro

URL | [ 編集 ] 2007/07/02(月) 15:19:58

サエモンさんへ
 kurokuroです。
 そば切りとむぎ切り、材料の違いを表現しただけのことと理解していました。手延べの稲庭との区別だったとは知りませんでした。

 ここのむぎきりの腰には若干の不満がありますが、山盛りで揚げたてサクサクのげそ天がたまりませんよね。
 私もビール2杯に賛成です。

サエモン

URL | [ 編集 ] 2007/07/02(月) 21:16:11

  いやいや、あれは稚拙な愚考ですので、鵜呑みにしないで下さいね。ただ、麦切りの歴史は古く、鎌倉時代まで溯りますが、そば切りは江戸時代になってから出現します。少なくとも江戸時代前期まではそばがきとして食べていたようです。現在、日本の麺類の二大巨頭ですがその歴史にはずいぶんと差があります。

 それらより、圧倒的に早く日本に伝わったのが素麺でした。稲庭には素麺として伝わったものの、やや太めの稲庭うどんとして根付いてしまいました。その後に切り麦が伝わってきたので、区別する必要があったのではないかと考えたわけです。

 これを実証するためには、稲庭地方でも切り麦が残っているか、同じく乾麺のうどんを鎌倉時代以前に作っているところが他にもないか、などを検証しなければならないでしょう。もしかしたら、そのようなことは食文化史の研究分野では片付いていることかも知れません。

 うどん一つとっても、その成り立ちは実に奥深く、興味が尽きません。食べ物は毎日、体の中に入れている重要なものなのに、そのものの起源や製法、原材料に無頓着な人が多くなっていることが心配です。

 貴兄のブログにも食品偽装の話題が触れられておりましたが、いつまで経っても蔓延るのは消費者の味覚と生産者のモラルの低下が原因なんでしょうね。











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