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【御城下探訪:八幡町】大崎八幡宮で初詣

カテゴリー: 外食:その他

 さて、本日(2日)は両親への年始の挨拶を済ませた後、その足で大崎八幡宮に初詣して参りました。せっかくなので、久々の御城下探訪を兼ねて八幡町の西端から作並街道(国道48号線)を散策しながら歩きます。ご存じのように八幡町は伊達政宗公が仙台開府間もない頃に造営した八幡宮が鎮座することから、そう命名されています。

 


 明治期以降、八幡神社と称していましたが、平成9年、大崎八幡宮に戻しています。この神社も歴史が古く、平安時代まで遡ります。元々は坂上田村麻呂がみちのく侵略に際し、武運を祈念にして岩手県の水沢市に宇佐八幡宮を勧請したものでした。その後、室町時代に大崎氏が自領(現宮城県大崎市田尻町)に遷祀し、さらに、伊達政宗公が居城の岩出山城内を経て現在の地に祀っています。以来、仙台藩の総鎮守として伊達家代々の藩主による手厚い庇護を受けてきました。

 


 

 


 

 

 作並街道(国道48号)を歩き始めてすぐに、歴史を感じるお店を発見。庄子屋醤油店さんです。
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 創業は明治の始め、この木造2階建てのお店は昭和11年の建造で国の登録文化財に指定されているそうですよ。

 

 


 

 

 

 

 大崎八幡宮の少し手前の右手に坂道があり、それを上っていきますと、真言宗龍寶寺(りゅうほうじ)があります。
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 大崎八幡宮の別当寺で造営当初より、八幡宮の社務を司ってきました。八幡町はこの龍寶寺の管轄下にあったそうです。このお寺の歴史も古く、創建は平安期とされています。本尊は釈迦如来立像で明治36年に国宝(国指定重要文化財)とされています。山門は四脚門ですが、瓦葺きで凛としていますね。

 


 

 

 

 

 

 境内に入ると、意外や意外、建物がどれも新しく美しい。
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 山門をくぐってすぐ左手にある多宝塔とその北側に位置する客殿です。なんというのでしょうか、俗世間とは一線を画した世界に迷い込んだようです。

 


 
 


 

 

 

 多宝塔の西側にあります金堂は昭和59年に再建されています。屋根の上の金色の鴟尾は東大寺大仏殿のとよく似ていますね。
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 大仏殿と同じ沓型ですから、確か天平様式だったはず。佇んでいると、いにしえの荘厳な波動が伝わって来るようです。

 

 

 

 

 

 

 

   もう一度、作並街道に降りて、少し西に進みますと、大崎八幡宮の大きな赤い鳥居が見えてきます。
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 作並街道に面したこの一の鳥居は、比較的新しく昭和63年の建立です。その脇に八幡町・作並街道の辻標がありました。以前、この鳥居の西となりに赤い社の焼き肉屋さんがあって、関連施設かと思ってしまいました。もうなくなっちゃいましたけど。^^   それに大崎八幡宮のような重文指定もある歴史的建造物の真横に景観を阻害するようなビルを建てさせるのもどーなんでしょう。

 

 

 

 

 

 

 こちらが元々、参道口にあった石の鳥居で四代藩主綱村公の寄進によるものです。
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 岩手県一関市東山町(旧伊達領東山郡)の御影石で作られています。上記の一の鳥居が出来たために二の鳥居と称されるようになりました。

 

 


 

 

 

 

 二の鳥居をくぐるとすぐに小さな橋があります。これはかつての四ッ谷用水の跡です。
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 広瀬川の郷六から水を引き、東北大医学部の北側を通って、農学部前の北六番丁を東流していました。城下の防火や排水の目的で設けたそうです。右は龍寶寺参道から大崎八幡宮方向に見たものです。今でも、ここに水が流れていたらどんなに風情があったことでしょう。

 

 

 


 

 

 

 用水堀の橋を渡ると大石段が前に立ちはだかります。
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 それでも約100段、段数も勾配も鹽竈神社の男坂(202段)に比較すると、穏やかです。石段脇のこの山灯篭になぜか惹かれてしまいました。水木しげるの妖怪にいませんでしたっけ。^^

 

 


 

 

 

 

 階段を登り詰めると三の鳥居が迎えてくれます。一の鳥居そっくりですが、こちらが元祖です。
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こちらは5代藩主吉村公の寄進で篇額の八幡宮の文字は公自身の筆であるとされています。左写真右端の門松はなんでも日本一の大きさだそうで、高さが8.8m、周囲は4.5mもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 三の鳥居から広い表参道となり、さらに進みますと国指定の有形文化財建造物である長床が見えてきます。
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 屋根は入母屋造こけら葺で、中央に土間があり、その両側は板敷の床となっています。

 

 


 

 

 

 

 長床をくぐりますと正面に御社殿が現れます。初詣のために鈴と鈴緒が増やしてありますね。
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 御社殿の造営には、かつて豊臣家に仕えていた一流の名工達を遠くから招聘したそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 御社殿には絢爛な桃山様式が遺憾なく発揮されています。長押(なげし)には鮮やかな胡粉極彩色の組物や金色の彫刻物が施されています。
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 この豪華絢爛な色使いには圧倒されてしまいます。鮮やか長押とは対称的にベースが総黒漆塗りなので落ち着いた風格もあります。

 

 


 

 

 

 

 

 さて、初詣も済ませ、参道を歩いて来る途中に気になっていた物を一つ一つ観察しましょう。縁起だるまの販売所を見つけました。
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 これは松川だるまとも言われてますが、天保年間に伊達藩士の松川豊之進によって作り始められたからです。その後は、藩内下級武士の内職として盛んに作られるようになりました。青を基調にした豪華な色彩と両目が入っているのが特徴です。そういえば、先日のケンミンSHOWでも紹介され、青いだるまに県外の人がみんな驚いていました。先日お邪魔した堤町の佐大商店さんでもつゝみのおひなっこやとして、この松川だるまを製造販売していましたね。

 

 


 

 

 

 

 不心得者ですから、どうしても目が行ってしまうのがこちら。^^
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 奉納された酒樽や味噌樽です。みちのくの銘酒がずらりと並びます。それにしてもビールの箱は何とかならんのかのぅ。^^

 

 

 
 

 

 

 

 表参道の両側には出店がぎっしり出ていました。このお祭りのような賑わいが今でも好きなんです。
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 それにしても、昔よりどれも華やかな屋台になっては来ていますが、たこ焼きやお好み焼き、ソース焼きそばと言った関西系が目立ちますね。昔ながらの綿アメ、ハッカパイプ、リンゴ飴なんかもあって子供の頃の映像とクロスオーバーします。

 

 


 

 

 

 

 数は少ないですが、みちのくの屋台も頑張っていますよ。
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山形からは玉こんにゃくと焼き餅、秋田からは珍しいキリタンポの出店です。山形にはどんどん焼きにも来てもらいたかったなぁ。ファストフード感覚で伝統的なスナックが食べられるのがお祭り向きなんです(山形どんどん焼き)。

 


 

 

 

 

 なんと宮城からは涌谷名産ボタン鍋(イノシシ)ですって。串焼きもあるそうですが、残念ながら準備中でした。
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涌谷町には猪岡という地名もあるくらいだから、今でも箟岳山には猪が生息しているのでしょか。それともイノブタの養豚でもやっているののかな。それにしても珍しい出店です。是非食べてみたかったですね。

 

 


 
 

 

 

 

 大崎八幡宮直営の甘酒が販売されていました。茶店のようにテントの中で休むことも出来ます。
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 このところ、に凝っているので通り過ぎることが出来ませんでした。味見しながら、暖を取りましょう。

 

 

 

 

 

 

 八幡宮の世話人会の方々がご奉仕されているようです。甘酒はコップ一杯200円でした。
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 大きな寸胴には熱々の甘酒がたっぷり。焦げないように底を掻き回し続けていました。ご苦労様です。

 

 

 

 

 

 

 みなさん、ストーブの前で温まりながら甘酒をすすっています。
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 甘酒は自分で作るようになってから、やっと飲めるようになりました。酒粕で作った甘酒もどきは今でも苦手ですが、で作った本当の甘酒は甘味がくどくないのいいですね。縁起甘酒を飲み干したので、今年の縁起が良くなりますように。

 

 

 

 

 

 仙台城下でも古くから大崎八幡宮龍寶寺の門前町として賑わってきた八幡町。山形に通じる街道筋でもあり、藩政時代から茶屋も多かったそうです。明治維新後は廃仏毀釈龍寶寺は一時廃れ、廃寺同然となったそうですが、明治26年、檀家の佐々木重兵衛氏の寄付により、復興がなされました。今では全国的に有名となった大崎八幡宮松焚祭(どんとさい)ですが、別当である龍寶寺が支えてきたからこそ今があることを忘れてはなりません。

 

 

 

 

 

 

 

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